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アントニ・タピエス(Antoni Tapies)「Triptyque.1976」カラーエッチング(銅版画) -
アントニ・タピエス(Antoni Tapies)「Triptyque.1976」カラーエッチング(銅版画) 作品全体画像 -
アントニ・タピエス(Antoni Tapies)「Triptyque.1976」カラーエッチング(銅版画) 限定番号(ed,28/50) -
アントニ・タピエス(Antoni Tapies)「Triptyque.1976」カラーエッチング(銅版画) 本人直筆鉛筆サイン -
アントニ・タピエス(Antoni Tapies)「Triptyque.1976」カラーエッチング(銅版画) 拡大画像1 -
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アントニ・タピエス(Antoni Tapies)「Triptyque.1976」カラーエッチング(銅版画) 額縁裏側画像 -
アントニ・タピエス(Antoni Tapies)「Triptyque.1976」カラーエッチング(銅版画) 付属品画像
Triptyque.1976
Triptyque.1976
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作品情報
- タイトル
- Triptyque.1976
- 作家
- アントニ タピエス(Antoni Tapies)
-
20世紀の現代美術の巨匠の一人
1923 スペイン・バルセロナ生まれ
1944 バルセロナ大学で法律を学ぶが、画業に専念するため1946年に退学
1945 厚塗りや奇妙な素材、土などの混合物によるコラージュ制作を試みる
1949 超現実主義に関する一連の絵画を制作、東洋の芸術、哲学に関心を持つ
1950 初めての個展をバルセロナで開催、フランス政府から奨学金を得てパリに行く
1951 パブロ・ピカソをたずねる
1953 初めてニューヨークを訪れる。マーサ・ジャクソン・ギャラリーで個展。サンパウロ・ビエンナーレでグランプリ受賞。ミックス・メディアでの創作を開始、後にこれが彼の芸術への最大の貢献と評価。このスタイルの一つの例は、粘土と大理石粉を絵具に混ぜ、廃紙、糸、絨毯などを使用している
1955 パリで個展。アンフォルメルの一翼をになう。講演では創造的自由と非合理な衝動の行使を擁護し、“公認されたアカデミックな形式”を排撃する東洋の精神的修行、バラモン、ヨガ、道教、禅の研究に熱中
1958 第29回ヴェネツィア・ビエンナーレでユネスコ賞受賞
1960 初期まではエンリケ・タバラ、アントニオ・サウラ、マノロ・ミラレスや他のスペイン人アンフォルメル派の芸術家と作業したニューヨーク近代美術館の「新しいスペイン絵画と彫刻展」、グッゲンハイム美術館の「ピカソ以前・ミロ以後展」に出品
1966 反フランコ政権の活動に積極的に参加
1970 ポップ・アートの影響を受け、家具の破片などのもっと大きな物体を絵画にくわえるようになってきたタピエスのアイデアは世界中の芸術、特に絵画、彫刻、版画の分野などに大きな影響を及ぼした。世界中の様々な美術館に彼の作品が収蔵される
1984 タピエス目録出版、アントニー・タピエス財団創立
1990 高松宮殿下記念世界文化賞・絵画部門受賞
1992 英王立芸術アカデミー名誉会員
1993 第45回ヴェネツィア・ビエンナーレにおけるインスタレーションで金獅子賞、ユネスコから「ピカソ・メダル」を受ける
1995 ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展
1996 日本で巡回回顧展
2005 原美術館(東京)で「タピエス─スペインの巨人 熱き絵画の挑戦」開催
2012 2月6日、逝去詳細2
- 技法
- カラーエッチング(銅版画)
- 詳細サイズ
- 縦59.5×横79.2cm
- 額縁サイズ
- 縦92.5×横115cm
- 状態
- ほぼ良好
マージン(余白)部分に若干のヤケ有り
- 備考
- 限定番号(ed,28/50)
- 価格
- 売却済み
送料について
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作家情報
20世紀の現代美術の巨匠の一人
1923 スペイン・バルセロナ生まれ
1944 バルセロナ大学で法律を学ぶが、画業に専念するため1946年に退学
1945 厚塗りや奇妙な素材、土などの混合物によるコラージュ制作を試みる
1949 超現実主義に関する一連の絵画を制作、東洋の芸術、哲学に関心を持つ
1950 初めての個展をバルセロナで開催、フランス政府から奨学金を得てパリに行く
1951 パブロ・ピカソをたずねる
1953 初めてニューヨークを訪れる。マーサ・ジャクソン・ギャラリーで個展。サンパウロ・ビエンナーレでグランプリ受賞。ミックス・メディアでの創作を開始、後にこれが彼の芸術への最大の貢献と評価。このスタイルの一つの例は、粘土と大理石粉を絵具に混ぜ、廃紙、糸、絨毯などを使用している
1955 パリで個展。アンフォルメルの一翼をになう。講演では創造的自由と非合理な衝動の行使を擁護し、“公認されたアカデミックな形式”を排撃する東洋の精神的修行、バラモン、ヨガ、道教、禅の研究に熱中
1958 第29回ヴェネツィア・ビエンナーレでユネスコ賞受賞
1960 初期まではエンリケ・タバラ、アントニオ・サウラ、マノロ・ミラレスや他のスペイン人アンフォルメル派の芸術家と作業したニューヨーク近代美術館の「新しいスペイン絵画と彫刻展」、グッゲンハイム美術館の「ピカソ以前・ミロ以後展」に出品
1966 反フランコ政権の活動に積極的に参加
1970 ポップ・アートの影響を受け、家具の破片などのもっと大きな物体を絵画にくわえるようになってきたタピエスのアイデアは世界中の芸術、特に絵画、彫刻、版画の分野などに大きな影響を及ぼした。世界中の様々な美術館に彼の作品が収蔵される
1984 タピエス目録出版、アントニー・タピエス財団創立
1990 高松宮殿下記念世界文化賞・絵画部門受賞
1992 英王立芸術アカデミー名誉会員
1993 第45回ヴェネツィア・ビエンナーレにおけるインスタレーションで金獅子賞、ユネスコから「ピカソ・メダル」を受ける
1995 ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展
1996 日本で巡回回顧展
2005 原美術館(東京)で「タピエス─スペインの巨人 熱き絵画の挑戦」開催
2012 2月6日、逝去
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