Skip to content

商品詳細

大月 源二

河の見えるりんご畑(仁木町)

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 作品全体拡大画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 サイン拡大画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 拡大部分1

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 拡大画像2

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 キャンバス裏書き部分

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 裏書拡大部分1

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 額縁裏側画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 作品全体拡大画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 サイン拡大画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 拡大部分1

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 拡大画像2

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 キャンバス裏書き部分

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 裏書拡大部分1

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 額縁裏側画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 作品全体拡大画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 サイン拡大画像

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 拡大部分1

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 拡大画像2

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 キャンバス裏書き部分

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 裏書拡大部分1

大月源二「河の見えるりんご畑(仁木町)」油絵・F15号 額縁裏側画像

作品情報

タイトル
河の見えるりんご畑(仁木町)
作家
大月 源二(オオツキ ゲンジ)

作家情報

日本美術会創立会員、一水会会員

 

1904  函館生まれ
1908  父の仕事の関係で小樽に転居
1910  稲穂尋常小学校入学
1927  東京美術学校卒、同期に小磯良平、荻須高徳
1928  友人小林多喜二の小説「蟹工船」のカット絵を手がける
1929  歴史的名作「告別」、山本宣治の労働葬を描く
1929  日本プロレタリア美術家同盟の結成に参加
1931  小林多喜二の新聞連載小説「新女性気質」の挿絵を描く
1943  新文展で特選
1943  一水会展で一水会賞
1944  色内の佐藤商店に嫁いだ姉を頼って小樽に疎開
1946  一水会会員
1946  日本美術会創立会員
1947  仁木町に疎開、リンゴ園農家になる
1948  小樽市海港50周年港祭美術展覧会に出品
1954  洞爺丸台風で自宅が倒壊手稲に居を移す
1961  現代日本美術展で訪ソ、帰国後レーピンを紹介
1971  慢性気管支炎で死去(67才)
1983  市立小樽市美術館で「大月源二展」開催
1987  北海道立近代美術館の「美術北海道100年展」出品
2000  創風社より「画家・大月源二-あるプロレタリア画家の生涯」を刊行
2003  市立小樽市美術館の「生活派の画家たち展」に出品
2004  市立小樽美術館で「生誕100年-大月源二展」開催

 

◆山本宣冶の葬列を描いた「告別」は、プロレタリア絵画の代表作、小林多喜二との交友も知られている。

 

◆小林多喜二の小説「蟹工船」のカット絵を手がける

 

■作品収蔵:北海道立近代美術館、市立小樽美術館

 

仁木町に疎開してりんご園農家をやっていたため、自ら育てた「りんご畑」を描いた作品と考えられる。また、制作年の1954年は洞爺丸台風で自宅兼アトリエが倒壊した年、資料的にも非常に貴重な作品です。

技法
油絵・キャンバス
詳細サイズ
F15号(縦53.0×横65.2cm)
額縁サイズ
縦76.7×横89cm
状態
良好
備考
1954年作
価格
売却済み

送料について

日本国内の場合
50,000円(税込)以上で送料無料
海外の場合
別途、送料が発生いたします

ご購入・お問合せについて

別倉庫に保管している作品もある為
実物を店舗でご覧になりたい方は
事前にご連絡いただけるとご用意致します

ご注文方法や送料に関する詳細はこちらからご確認ください

お問合せ